2015年12月28日

沖縄・辺野古滞在記 Part2

そもそも、今回の旅行での第一の目的は、辺野古での抗議行動に参加することでした。
また、『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』矢部宏治著を参考に、米軍基地が沖縄に人々の生活に与えている影響を感じたい、というのもありました。
さらに、沖縄に行くのは初めてだったので、第2次大戦中にあった沖縄戦について知るため糸満市にある平和祈念公園は、絶対に行きたい!と思っていました。

今日は、辺野古のゲート前の抗議行動が終わったら、沖縄県南部に向かう予定にしました。
19日朝も抗議行動に参加したかったのですが、レンタカーを19日の午前10:30までに返さなければいけなかったので、時間的に無理でしたので。

そして、3日目の朝は、熟睡したお陰で、朝4時半頃にスッキリと起きました。
もう起きている人もいましたが、トイレは空いていて、スムーズにトイレ・洗顔をすることができました。
前夜に買ったサンドウィッチを食べ、ゲート前に行きました。
この日も朝は寒かったので、車に雨合羽を忘れそうになり、取りに引き返しましたが。

ゲート前で、昨日、私が帰った後に、テントに常駐されているSさんが拘束されたことを聞きました。
今もまだ、釈放されていないそうです(~_~;)

ゲート前で朝のミーティングをして、ゲート前に前日のように行きました。
そこで軽い柔軟体操をし(これはとても重要です!)、折りたたみ椅子が配られて、『座り込めここへ』『沖縄 今こそ立ち上がろう』『沖縄を返せ』の歌を歌いました。
これらの歌を歌うと、元気が湧いてくるし、連帯感も高まります(^_^)/

《ゲート前応援歌》
『座り込めここへ』 『沖縄 今こそ立ち上がろう』(32秒あたりから)

@ 座り込めここへ、ここへ座り込め
腕組んでここへ、ここへ座り込め
揺さぶられ潰された隊列を立て直す
ときは今
腕組んでここへ、ここへ座り込め
A 座り込めここへ、ここへ座り込め
歌うたいここへ、ここへ座り込め
揺さぶられ潰された団結を立て直す
ときは今
歌うたいここへ、ここへ座り込め
B 座り込めここへ、ここへ座り込め
旗掲げここへ、ここへ座り込め
引きずられ倒れても進むべき道を行く
ときは今
旗掲げここへ、ここへ座り込め

『沖縄 今こそ立ち上がろう』 作詞 山城博治
@沖縄の道は沖縄が拓く 戦世を拒み平和に生きるため。
 今こそ立ち上がろう。今こそ奮い立とう。
A辺野古の海を守り抜くために 圧政迫るが立ち止まりはしない。
 今こそ立ち上がろう。今こそ奮い立とう。
B高江の森を守り抜くために 力を合わせてスクラム固めよう。
 今こそ立ち上がろう。今こそ奮い立とう。
C島々の暮らしを守り抜くために 思い巡らせて心通わそう。
 今こそ立ち上がろう。今こそ奮い立とう。

『沖縄をかえせ』

@固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
 我等と我等の祖先が 血と汗をもて
 守り育てた 沖縄よ
 我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
 沖縄を返せ 【返せ】 沖縄に返せ
A 固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
 我等と我等の祖先が血と汗をもて
 守り育てた 沖縄よ
 我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
 沖縄を返せ 【返せ】 沖縄に返せ

《ゲート前抗議行動》
今日また帽子が無くなったら嫌なので、帽子はバックに入れて、コートのフードを深く被りました!
前夜の民宿でのみなさんの話で、どのような動きをしたら怪我するリスクが少なく機動隊員に負担がかかるかを聞きました。
体重の重いのが一番いいのですが、そんなに体重はないので、とにかく自分の力を抜きダラーとしたら、抱える方に負担がかかると言われました。今日はそれを試そうと思いました。
例によって、機動隊がやって来て、『ごぼう抜き』を始めました。
前日の教訓があるので、折りたたみ椅子は早めに畳んでその上に座りました。
今日は少し気持ちのゆとりがあり、写真を撮ることができました。
と言っても、手が震えてピンボケが多いのですが(^_^;)

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私も「憲法守れ」「暴力反対」と言っている内に、ごぼう抜きされました(-_-;)
しかし、とにかく力を抜くことに集中しました。
「離せ〜!」と叫んだら一瞬、力が緩みました。
機動隊員が「歩いてください」と言って、地面に私を落としました。
こちらは1秒でも時間稼ぎをしたいので、何もしないでその場に寝ていたら、仕方なく運びました(^_-)
しかし、やはり全員が運ばれ、トラック数台(荷台にコンクリートの壁のようなものを積んでいた)が中に入って行きました(-_-メ)

その後、今日は、なぜか機動隊員が向かい側に整列して立っていました。
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私たちはまたゲート前に戻り、その時に、私より先にゲート前に行ったFBF(FBのお友達)に紹介されていた女性を見つけました!(写真を見ていたので)
前日は家の都合で来れなかったそうで、そこで挨拶をしました。
確か沖縄県南部から頻繁に来られているようでした。(朝6時に間に合わせてくるのは、とても大変だと思います。)
こんなことがなければ、普通の奥様で通りそうな人ですが、ガンガン野次を飛ばされていました!
私が昨日帽子を無くし機動隊員が持って来てくれたので、それだけは感謝していると話すと、こんなことをしなければ帽子を無くすこともないのだから、感謝する必要は全くない!!と言われ、それもそうだな、と納得しました(^_^;)
またゲート前に並んでいると、向かい側の崖から機動隊員が写真を撮っているので、数人が「勝手に写真を撮るな!」と叫びました。

《ゲート前学習会》
こちらでは、山城ヒロジさんが、現状を説明しはじめました。(全部をメモした訳ではないのですが)
「さっき運んだコンクリートの壁は、仲井真(前知事)が湾岸道路建設を許可したので、湾岸を埋め立てるためのコンクリートの擁壁を搬入した。
辺野古湾岸には、遺跡も見つかり、また第二次大戦の時に亡くなった人の遺骨もまだ収集されないで土の中にに埋まっている。その上を埋め立てて工事をするんだ!!
今、名護署に拘束されている北海道の人(77歳)の拘留を引き延ばしている。その人が機動隊員の足を蹴ったといって全治2週間と診断書を出したのに、その機動隊員は翌日からゲート前にで仕事をしている。全くのでっち上げだ!!
辺野古埋立工事は、必要な手続きを踏んでいない。
仲井真は、辺野古の岩礁破砕許可を出しているので、海岸の岩が破壊される。
翁長知事が、埋立承認の取消を出しているにもかかわらず、岩礁破砕工事をしている。
自然は一度壊したら、元には戻らない。辺野古の海にとても申し訳ない。」

また別の地元の人が、警備にあたっているアルソックについて説明しました。
「アルソックは、今年7月末から3月末までの警備を、約20億円で落札している。
1日辺り約800万円。今、そこで警備をしているあんた方(アルソックの警備員を指さして)、会社がこれだけ儲けて、あんた方は、1日いくらもらっているの?今すぐにに労組を作って会社に抗議しなさい!私がいろいろ教えてあげる!
海上の警備は、1日1700万円。
辺野古埋立工事の警備費に42億円が使われている。
埋立本体工事、ボーリング調査も終わっていないのに、既に3〜4割が大手ゼネコンに支払われている。
工事費がドンドン増額されている。
またアルソックは、談合しているのか、いつも落札価格の99%の金額を提示して、落札している。」

このような話をゲート前で椅子に座って聞いていたら、やたらと機動隊員が、みんなが座っている後ろを出入りするので、
「こっちは、勉強会をしているのに、チョロチョロ、出入りするな!」とみんなが言い出して、通路を塞ぎました。
今回は、機動隊員をみんなで止めることができました(^_^)/

しかし、相変わらず、向かい側では、機動隊員たちが立っていました。
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確か、東京から呼んだ機動隊員にかかる費用も一日1200万円(リゾートホテルに泊まらせているとか)だと聞いています。(東京機動隊は、確か20日頃に帰りました。しかし年明けには全国から精鋭の機動隊員を連れてくるかもしれないと、噂されています。)
こんなことに、私たちの税金を無駄遣いしないで欲しい!!と思います。
国民は辺野古の埋立に反対の人が多いし、誰も機動隊まで呼んでくれとは、頼んでいません!!!
私は、機動隊員に向かっても、「他にすることはないの?税金の無駄遣いだ!!」「私たちの血税をかえせ!!」とも叫びました\(-o-)/

《島袋文子おばぁ》
しばらくすると、島袋文子おばぁ(確か84歳)が、杖をついて来られました。(毎日ではないけど、頻繁に来られるようです。)
沖縄戦で、大火傷を負いながら、夜中に命からがら飲んだ水が、朝になって見たら、血の混じった泥水だったそうです。
だから文子おばぁは、『辺野古を埋め立てるというのなら、血の混じった泥水をすすってから、言ってごらん!!』と言われています。
夏には、ゲート前で機動隊に引っ張られて倒れられ、病院に運ばれたとか。
膝が悪く、杖をついても、ゲート前の抗議行動に参加されています。
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私は挨拶をしましたが、お顔を見るなり涙声になってしまって、文子おばぁは、きっと驚かれたことでしょう(^_^;)

テント前には辺野古抗議活動の写真などが展示されています。
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昨晩、民宿で一緒だった京都から来た青年Tさんから、一緒に那覇まで連れて行って欲しいと言われたのと、また、この日は絶対に『平和祈念公園』(県南部、糸満市)に行きたかったので、後ろ髪を引かれる思いをしながら、ゲート前を後にしました。
よく聞くと、Tさんは私より前日に来られていたようです。
Tさんは、辺野古の海の自然にとても興味があると言われ、道の駅で『大浦湾の生き物たち』の本を買われていました。
また、京都で、世界平和を願い訴える活動をする団体『Earth Caravan』に、ボランティアとして活動しているそうです。
お若いのにとても気が付く優しい青年でした(^_^)/

民宿に帰って荷物をまとめ、民宿の飼い犬グナァーにもお別れの挨拶をして、一路、『道の駅かでな』に向かいました。
途中で、この旅で初めて、日が照ってきました。初日からず〜っと曇りでしたので。
12月だというのに、本土で感じる初夏のような日差しで、少し暑くなって来ました。
Tさんと「12月に来て良かったね、真夏に来たら、暑くて熱中症になるところだったね。」と話しました。
Tさんも「僕も、この日差しでは、夏は来れないですね。」と話していました。
しかし、よく考えると、その真夏の暑い日差しの中で、アスファルトの上に座って、沖縄のみなさんは抗議行動をされているのですね!!!
どんなに、どんなに暑いことでしょうか(@_@;)

《嘉手納基地》
『道の駅かでな』の3階から、嘉手納基地が見えます。
この日はあまり戦闘機は飛んでいませんでした。
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手前で、地元の人の畑が広がっているのが、とても対照的!!
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「道の駅かでな」の前には、基地の爆音を計る装置が置かれていました。(この日はあまり戦闘機が飛んでいなかったので、低かったです。)
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道の駅で、一緒にランチを食べ、いよいよ『平和祈念公園』(「平和の礎」がある所)へ向かいました。
途中で、さとうきび畑がたくさん見えたので、Tさんが「ざわわの世界ですね!」と写真を撮っていました。
まだ20代の青年なので、「『さとうきび畑』を知っているの?」と聞くと、「知っていますよ!」と答えました。本当は、私も見たかったけど、時間が気になるので、写真も撮らずに運転を続けました。
Tさんも沖縄は初めてのようでしたが、行きたいのは斎場御嶽(せーふぁーうたぎ 県南東部)だけで、それ以外は予定が無く、またそれは明日でもいいと言われました。
私が「日本人なら、平和祈念公園は、沖縄の歴史も判るし、平和の礎もあるので、是非、行った方がいいよ!」と勧めると、一緒に行ってみたい、と言われました。

若いTさんが、色々と話した時に、ふと「希望が欲しいです。」と言われたのが、とても印象的でした。
今の世の中、若い人にとっては、本当に希望のない話ばかりですね(-_-;)
どうしてこうなったのか、私たち中年はシッカリと反省しなければ。。。。。
政治にあまりに無関心すぎた、そのツケが今、来ているような気がします(~_~;)

《平和祈念公園》
平和祈念公園は、とても広く、公園の中に沖縄県平和祈念資料館や「平和の礎」(沖縄戦で亡くなった方のお名前が刻んである石板が波模様に立ち並んでいる)、また各県の墓苑、式典を行う広場、沖縄平和祈念堂、また普通に遊べる広場などがあります。
全部を見ていたら時間が足りないので、まずは沖縄県平和祈念資料館に行きました。
沖縄の歴史や、沖縄戦で使われた日用品や、またガマ(小さな穴倉。そこにみんな避難して暮らしていたようです。)が再現され、どのように暮らしていたのかが判るようになっていました。
沖縄戦で亡くなった遺体の写真などもあり、とてもショックでしたが、戦争の真実を知るためには良かったと思います。
また、戦後に生き残った人々が書いた沖縄戦の様子も、見やすく配置されていました。
軍人だけでなく多くの民間人が巻き込まれた戦争でした。
また戦前の教育で、どうしても兵隊さんのいうことを聞かなければいけなかったことが、とても被害を大きくしたように、私は思います。
自害しないで投降していたら、もっと多くの人が助かっていたのではと思うのですが。。。。。
沖縄自体は、昔は「琉球国」という独立国だったのを、江戸時代に薩摩藩が無理やり併合したのだとか。
元々はとても平和な島で、台湾や中国との交流もあり交易の中心となっていたようです。
沖縄が、もし日本の中に入っていなかったら、どうなっていたのだろう、と少し思いました。

祈念資料館で、どこからきたのか、高校生の団体と一緒になりました。修学旅行で来ていたようでした。
さすがに大きな声を出して騒ぐこともなく、割と静かに見ていました。
私は、ここを旅行コースに選んだ先生方は、とても素晴らしい!と思いました。
きっと、ここを見て、高校生たちは何かを感じてくれたと思います。
少なくとも「戦争」を好きになった高校生は、いなかったと思います。
この子たちが戦争に巻き込まれることが絶対に無いように、と願って止みません!!!
祈念資料館から見た「平和の広場」と「平和の礎」
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記念資料館を出て、「平和の礎」の方へ移動しました。
本当にたくさんの方が亡くなられていて、たいへん驚きます。。。。。
中には、今日置かれたのではと思われる小さな花束もあり、まだご遺族が通われているのだな、と思いました。
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最後に、平和の礎の前で、二人で手を合わせて拝みました。
みなさんの多大な犠牲の上に、今、私たちはこうやって平和に暮らすことができているのです。
どうもありがとうございます!
そして、二度と、同じことを繰り返しません!!!


公園はとても広く、亜熱帯特有のがじゅまるの木がたくさん植えられていました。
私の勧めもあって平和祈念公園にきたTさんに、どうでしたか?と聞くと、「沖縄の悲しい歴史を知ることができて、良かった。」と話していました。
若い人は沖縄戦のことは、あまりご存知ではないようですね(^_^;)
日本の若者たちよ、日本の負の歴史もシッカリと学びたまえ!!

ホテルが那覇市内だったので、那覇に向かいました。
那覇市は大都会でした。
Tさんは私がチャンとホテルにたどり着けるかどうか気遣って、私のホテルをシッカリと探してくれました!!
(ナビは、小さなホテルは、近くまでしか出ませんので。)
Tさんも近くのホテルをスマホで予約していて、FBでまたお話ができるので、「じゃ、また!」と言って、私のホテルの前で別れました。
小さなホテルでしたが、小奇麗でこじんまりとして、那覇のど真ん中なのに割に静かで、私は気に入りました!
ホテルに入って、しばらくボーっとしていましたが、せっかくだから最後に沖縄料理が食べたい!!と思い、
フロントに下りて、「沖縄料理の美味しいお店が近くにありますか?」と聞いたら、すぐ近くにありますよ、と教えてくれました。

《沖縄料理》
『まんじゅまい』という、ライブで沖縄民謡の演奏もあるところでした。私が行った時は、今終わったと言われましたが。
早速、「まんじゅまい」(実はパパイヤの意味)チャンプルーで、お味噌汁付きの定食にしてもらいました。お味噌汁も、沖縄独特のお豆腐が使われていて、とても美味しかった!まんじゅまいに使ったパパイヤは、青い時のを使うので、甘くありませんでした。
そこで、昼間一緒だったTさんが、「沖縄に来てあまり美味しいものを食べていない。」と話していたのを思い出し、携帯に電話しました。
私は、その間に、へちまチャンプルーも注文しました。
10分ぐらいでTさんが来て、壁に書かれているメニューを見て、どれも美味しそうですね!と喜ばれていました。
若い人らしく、タコメシ(実はメキシコ料理のタコスをパンで包むのではなく、ご飯に具をのせたもの)とテビチ汁(豚肉の軟骨を柔らかく茹でたのが入ってました。その他、レタスや大根など。上におろしショウガがのってます。)をたのんで、とても美味しい、美味しいと、感激していました!!沖縄特産の海ぶどうも食べました!もちろん、私もお裾分けして頂きました!
やはり沖縄料理は、食材も豊富で、とても美味しく、面白かった(^_^)/(写真を撮るのを忘れてました(^_^;))
Tさんとは、じゃ、またね!とそこで別れました。

《帰途》
翌朝は、8時前には起きて朝食を食べ(朝食付きで6000円)、那覇市の一番の繁華街「国際通り」を少し歩き、魔よけのシーサーとお湯呑みを買いました。急いで帰り、車にガソリンを入れてレンタカーを返しに行き、空港まで送ってもらいました。
空港では、安いスカイマークの受付はとても判りにくい所にあり(料金で差別している!)、どうにか探して、ダンナへのお土産も買って、飛行機に乗りました。
帰りの飛行機から見た沖縄の海もとても綺麗でした(^_^)/
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今回の旅では、元ちとせさんの『平和元年』をラジオサーバーポケットに録音して、ず〜っと聞いていました。
元ちとせさんの声も、中の曲も沖縄にはとても似合っていました(^_^)/
元ちとせさんは、今、沖縄に住まわれているそうです。


都合が付いたら、辺野古へ、是非、また行きたいと思います\(◎o◎)/!
今度は辺野古の海をシッカリと見てみたいと思います(^_^)/


《次回に行きたい所》
私は行けなかったけれど、『佐喜眞美術館』には、沖縄戦の様子を描いた丸木位里・敏夫妻の日本画『沖縄戦の図』が常設されています。http://sakima.jp/?page_id=31
また、国指定重要文化財の『中村家住宅』という沖縄の古民家を開放して見せている所もあるようです。
http://www.nakamura-ke.net/
次回には、この2か所は必ず行きたいです!!

《来年しなければいけない事》
辺野古新基地建設を止めるには、来年夏の参議院選挙で、自公政権を引き摺り下ろさなければ、止まりません!!!
また、山口県の上関原発計画も、このままでは建設される可能性が高いです(-_-;)
その選挙で、もし自公が勝ったら、戦前の大日本帝国憲法とあまり変わらない「自民党憲法改革草案」を通し、日本の民主主義は死んでしまいます(T_T)
来年の参議院選挙(衆議院も同時になるかも)、戦後で一番重要な選挙になります!!!
気概を持って、取りかかりましょう\(◎o◎)/!
みなさんも、お忙しいでしょうが、応援したい候補者がいたら、合間を見つけて応援活動に参加してください。
どうぞ、よろしくお願い致しますm(_ _)m


posted by ボチボチおばさん at 23:50| Comment(0) | 反戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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